「未来忌」終わりました!
今日は2月13日、池田克己の命日です。
池田克己は、1953年2月13日に亡くなりました。金曜日でした。
13日は平日なので、必ず休日になる祝日に「未来忌」を行いました。

どうしたら池田克己という詩人の素晴らしさが伝わるだろうと考えて、考えすぎて、こんなにもりだくさんになってしまいました。


会場のうしろには、奈良大学の木田隆文教授からいただいたパネルと、私が集めた本を展示させていただきました。
当日はたくさんのお客様がいらしてくださって、本当にうれしかったです。
池田家のご親族が皆様でいらしてくださり、また、日本未来派からも杉野穎二さん、塩野とみ子さん、渡ひろ子さん、稲村拓也さんがいらしてくださいました。木田隆文教授もいらしてくださいました。
夢のような時間でした。
皆様、本当にありがとうございました!
装幀:池田克己「法隆寺土塀」
非常にシンプルな装幀です。
装幀家でもあった池田克己自身による装幀です。


池田克己「法隆寺土塀」
池田克己の代表作をひとつあげるとすれば、なんといっても「法隆寺土塀」だと思います。
「法隆寺土塀」は、昭和23年に刊行された詩集「法隆寺土塀」に収録された詩です。アンソロジーとか特集とかあれば、よくこの詩が掲載されています。

この詩集に収録された詩は7編、どれをとってもかっこよすぎてやばいんですけど、なにはともあれ、まずは「文章倶楽部」昭和28年陽春号の記事を読んでいただきたい。
池田克己が亡くなったときに本誌記者名義で書かれた追悼記事ですが、私がウダウダ言ってるよりもかっこよさが伝わるのでまずはこれ読んで-!
そうして詩人が無事に退院したという噂さがぼくの耳にはいった矢先き、この詩人の訃報が新聞の活字に刻みこまれてぼくの目に届いた。そのとき、ぼくは「法隆寺土塀」の颯爽とした歌いぶりを、胸に熱く思い泛べずにはいられなかった。
北川冬彦が骨董趣味にとりつかれたかのように禿山の美をうたい、北園克衛が気狂いのように現実症にとりつかれて荒れ、菱山周三が剽窃問題で地に伏し、多くの既成詩人また低徊をつづけていたあの詩壇の混迷期に、この詩人は「法隆寺土塀」をひっさげて、ぼくたちを驚嘆させたのだ。この詩人の仕事が、混迷期の詩壇にどんなにか刮目され、同時に既成詩人に活力を与えたことだったろうか。
「文章倶楽部」昭和28年陽春号 本紙記者「池田克己」
「法隆寺土塀」は長い詩で、「日本の長編詩」(宝文社・昭和43年)にも収録されていたりします。
この詩を読んで、最初は内容よりも、エネルギーというか、熱気に圧倒されました。
それから、壮大な法隆寺の歴史と中国での十年間が交錯するほど押し寄せてくる言葉にならない感情を前に女々しくも雄々しくもない詩人は「男」そのものだと感じました。「颯爽とした歌いぶり」という言葉がぴったりで、こんなかっこいい詩が、詩人があるのかと。
私がこうして池田克己のことを調べたり書いたりしてるのを研究だとか思ってる人がいたら本当に申し訳ないのですが、
推し活です。
2/11池田克己命日記念イベント「未来忌」開催します
あけましておめでとうございます。
年末に準備ガンバルゾーと気合いを入れていたのですが、風邪をうつされてしまい、開催一ヶ月を前にやっとチラシ原稿できあがりました。

「未来忌」という名前は、池田克己の甥にあたるご親族のかたがつけてくださいました。詩誌「日本未来派」のことでもあり、未来に向って、未来のために進み続けた池田克己という詩人そのもののことでもあり、たくさんの意味がこめられた名前だと想います。
この「日本未来派」という名前は、創立者のひとりだった詩人菊岡久利がつけた名前ですが、のちに、菊岡久利は池田克己と意見が別れ「日本未来派」を去ります。
菊岡と池田の確執についてはまたここに書こうと思っていますが、派閥なき派閥、流派なき流派を目指した池田克己と、雑誌に「日本未来派」という名前をつけた菊岡久利は最初から同じ場所に立っていなかったのだと思います。
実際池田克己は、のちに、誌名を「未来」としたいと書簡に書いています。*1
その池田克己の命日を「未来忌」と呼ぶことになったのは、誠に本意を得たものと感じています。
さてこのたびの「未来忌」では、地元吉野で活動されている朗読グループと尺八愛好家のみなさまと、私どもの音楽プロダクション「SPOONFUL MUSIC」のアーティストの協力で、等身大の池田克己と、池田克己の世界観をお伝えできたらと思いプログラムを組ませていただきました。
- 池田克己への献詩朗読
池田克己逝去時に小野十三郎、植村諦、多田裕計、安藤一郎が詠んだ献詩の朗読 - 尺八演奏
下市口居住時代に池田克己が尺八を学んでいたことにちなむ尺八演奏 - 池田克己作品朗読と音楽
池田克己作品と音楽のコラボレーション - 眞奈井八咫ミニ演歌歌謡ショー
吉野町在住のピアニスト柴田光明が池田克己の作品に曲をつけ、演歌歌手・眞奈井八咫が歌い上げる歌謡ショー - 朗読音楽劇「馬上侯」
上海時代の池田克己がモデルとして登場する高見順の小説「馬上侯」の上演。当時東洋のパリと呼ばれた上海はジャズのメッカでした。当時流行のジャズナンバーと一緒にお楽しみ下さい。
また、16時からは能登半島震災チャリティコンサート、18時からはダラブッカ奏者近藤大貴、ギタリストnea、ピアニスト柴田コウメイによるスペシャルコンサートも開催します。
2月11日は、公民館のある吉野町上市地区で「初市」という伝統のお祭も開催されています。ぜひ皆様、吉野町観光とともに足をお運びください。
まずは池田克己の魅力について

池田克己という詩人にドはまりして以来というもの、友に会えば布教して歩いているのですが、皆様感想がどうも芳しくありません。
一番多い感想が
・意味がわからない
二番目に多い感想が
・美しくない
詩というものは比喩や象徴に満ちているので、ストレートに意味がわかるというものではないのですが、その詩を読み慣れた界隈からも「意味がわからない」という感想をいただきます。
1.チャンネルをあわせる
詩というものはだいたい象徴や比喩に彩られたものなので、チャンネルが合えば伝わります。最近亡くなった谷川俊太郎の詩は大人気だし、「日本未来派」同人の永瀬清子も紹介すれば皆さん必ず好きになります。私も大好きです。
それでは、なぜ池田克己という詩人とチャンネルが合わないのか。チャンネルを合わせるにはどうすればいいのか。
実は私も最初に読んだときは全くチャンネルが合わず、ただ大変な熱量が体に流れ込んできたのをおぼえています。
なぜチャンネルが合わないのかを考えると、それは、彼が私たちのイメージにない、私たちの知らない「現実世界」を書いているからではないかと思っています。
2.共感の難しさをつくるもの
私たちが現実で体験しなかったことを知るには、映画や小説、資料、ノンフィクションの読み物といったものを通じるしかありません。しかし、それらは多かれ少なかれ「エキス」であって、私たちが「必要としている情報」の抽出です。
そしてその「エキス」は知らない間に私たちを支配し、私たちは逆に「エキス」を通じて世界を見たり見せられたりもしています。
池田克己の詩は、「エキス」のフィルターをかけることなく、間違いのない焦点で、自分自身の内面にあるものを描き出すことにおいて正確無比であり冷徹であると感じます。これは、彼が優れたカメラマンであったことも関係あるかもしれません。あるいは、彼が他者を支配しない、自由を尊重するという信条を持っていたことにも関係しているかもしれません。
その「エキス」を取り払った内面世界とは人間の魂の混沌そのものであり、共感のむずかしさがあります。逆に、そのフィルターがないからこそ、正確に「書き残す」という行為が可能となっています。
池田克己の詩は、その多大な情報を処理することに成功しているのではないかと思います。
3.池田克己の魅力
燃え上がる自分自身の内面にダイブし、何の言い訳もせず、正確に、余すことなく描ききるのは並大抵の精神力ではなく、並大抵の観察力ではなく、並大抵の表現力ではありません。
すぐれた詩人はすべてそれをしている、それをしてこそすぐれた詩人であるわけですが、その方法論はそれぞれの詩人によって違います。
池田克己の詩には装飾がなく、一見ごつごつとしていたり、なまなましかったりしますが、生命が放つエネルギーの輝きを表現するにおいて比類なく、深く、激しいロマンチシズムに溢れています。
金子光晴は、池田克己が亡くなったときに
池田君の死で当分日本のmaleの詩は花を咲かせそこねたような気さえする
と書きました。maleの詩、男の詩、雄の詩です。
私は詩人池田克己の潔さ、愛の深さに惹かれます。
その池田克己とチャンネルを合わせるには、戦場など特異な場所での体験を綴ったものよりも、恋愛など、近い体験を読んだ詩が近道になるかもしれません。
また、中学生向けの現代詩入門がありますので、そちらも参考になると思います
チャンネルが合ったらスゴいので、ぜひチャレンジして一緒に向こう岸へ渡りましょう!
といっても、いま詩集は絶版で私のサイト読むか国立国会図書館のデジタル読むか古書を探すしかないんですけどね!!(号泣)
澁江周堂詩集「四次元準立方体詩派宣言」


永瀬清子生家「清子の家」でコンサートをしてきました!





